競   技   会

全国大会参加者の写真集【NO.1】

1989年       スポレク愛媛 


推進協議会選手団激励会

総合開会式会場

佐賀県選手団と閉会後に

L卓球試合風景

   1989年第2回全国スポーツレクレーション祭に倉敷市市民スポーツ推進協議会(倉敷市生涯スポーツ推進協議会として発足したが、
    市より『生涯』の名称を変更するように指導を受け『市民』とした。その後『生涯』に変更。)として参加。
   県教委では第1回大会の時、スポレク競技種目の対象団体が県下になく選手選考に苦労していた。
    そこで、参加できない種目は協議会で参加する旨の約束を交わす。《中塚市教委・葭野が県教委を尋ねた。》 その結果、インディアカ、
    ラージボール卓球、バウンドテニスに参加することとなった。
   倉敷体育館で毎週金曜日ニュースポーツ教室を行っていたので、4月より教室参加者と指導者の中からスポレク参加者を決め、
    それぞれの種目の特訓を開始した。
   愛媛には選手と視察と市教委から二十数名が参加した。 この大会参加がわれわれの活動の起爆力となった。
   翌年にはソフトバレーボールが加わる。

   帰りの電車の中で指導者と市教委の話の中で倉敷市でもこうした大会を持つことが話し合われた。
    そのために、教室を通年化してニュースポーツ種目団体の育成を図ることとした。これら団体の成果の発表場所として
    『スポレク倉敷』を開催することし、翌年に向け予算措置がなされた。

多士済々のメンバーを揃えたL卓球はいろいろな足跡をスポレクに残した。
楽しくプレーすることは会場の雰囲気を一変させた。
夜の飲み屋ではプロ歌手裸足の選手がスナックの客やママさんを虜にして、翌日はタルトを持って
客と店員の4名が岡山の応援に。

松山駅で会った香川県のソフトボール選手と意気投合!その日の夜は前日のスナックへ。
ソフトボールの試合を後日香川ですることを約束。
翌日は試合の合間に香川のソフトボールの応援に行った人もいました。

  

1990年       スポレク和歌山


推協の参加者

L卓球

SVB

    和歌山大会は推進協議会よりBT,L卓球,インディアカ,SVBの4種目に参加
    倉敷体育館の教室の成果を発表する場であり、倉敷市のニュースポーツ普及推進の母体であった。
    スポレク参加者が各地でニュースポーツの普及に当たってくれることを期待
    BT・L卓球・SVBは倉敷体育館の教室参加者より選考、インディアカはクラブより選考(旭が丘小・川鉄)
                                               (懇親会記念写真は会場地の都合で参加できない種目もある。)
    視察参加者は種目会場よりもニュースポーツのデモ会場や講演会などの記念イベントを中心に見て回る。


1991年       スポレク熊本


鳥山さんに
お願いして
横断幕作り持参

視察の4名と共に

(天城より2名)

会場

開会式後
出演者と
天城4、庄2、中洲1、中島2で選手構成
この時期になると天城、中洲ではニュースポーツクラブが活動を開始(天城のクラブとして参加)

1992年       スポレク島根    ねんりんピック山梨


SVB・L卓球
BT・インディアカ
視察
推協メンバー 

ラージボール卓球

天城2名

ねんりんピック
試合中

   スポレク島根 SVB

      ねんりんピック山梨  SVB

   スポレク・ねんりんピックへの関心が高まり、県内にニュースポーツの普及が進みだす。   


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