研 修 活 動
クラブ研修
ヨーロッパ型のスポーツクラブを最終目標にスタートした。 設立時に当クラブは、ゴルフのように会員がゴルフ場を持つと同じく
自前の体育館・グラウンドを備えたヨーロッパ型スポーツクラブを目指すとした。 多くの会員は大ぼらと聞いたが、数年後に
神戸の外人専用クラブ『KY&AC』を視察したとき、初めてクラブとは、クラブライフとは、がおぼろげに理解できた。
(葭野は横浜のYC&ACを見ていたので設立時にその目標を掲げた。そのご、YC&ACに行って写真を会員に見てもらう。)
ボランティア精神がもう一方の柱である。 特に、青山先生の講演後はPPK社会の推進役を積極的に勤めている。
以上の点をクラブ員の共通理解とするために積極的に研修に勤めた。
もちろん、スポーツ技術の向上、指導技術の向上、新しいスポーツの導入、などの研修にも積極的に参加している。
90年 2月 荒井光貞広島大学助教授を迎えて(天城小学校視聴覚教室)---主催 倉敷市スポーツ推進協議会
91年〜95年 5月 大橋美勝教授の研修会を開催(天城小学校視聴覚教室)
94年 11月 第35回全国体育指導委員研究協議会(広島)
第1分科会『ファミリースポーツの振興について』 実践発表(葭野浩道)
| 壇上にて | 発表者およびスタッフ席 | スライド調整中 |
発表風景 |
98年 11月 我がクラブの最終目標である『クラブ』を目で見、耳で聞く==KR&AC
クラブハウスで支配人のクラブ経営のお話を聞き、体育館・グラウンドを見学
YC&ACと比較するとかなり規模は小さいがクラブ員にはいい勉強になった
00年 4月 スポーツフォーラム開催(山陽ハイツ講堂) テーマ『地域スポーツクラブ育成の課題』
大橋美勝岡山大学教授、小野寺昇川崎医療福祉大学教授、水上博三重大学助教授
連合設立10周年事業として開催(金銭的援助は受けず独自開催−−参加費無料)
講師の先生方は謝礼金をすべてクラブに寄付していただく=感謝
懇親会にも最後まで付き合っていただく(小野寺先生はお送りした私たちを『山幸』で歓待にていただく)
クラブの社会貢献事業の一環として
自主研修会のは設立期の意欲が薄れるに比例して次第に開催されなくなった。 資金的な点と日々の活動に終われて
足元を見つめなおすことがおざなりになっている。
研修会の情報が入るので、自主参加が可能になったともいえるが、これは限られた会員のみであり会員全員を対象とした
研修会の必要性が高まってる。
意欲に燃えた会員の高齢化と、日常のスポーツ活動のみに興味のある新会員の意識の差が大きくなっている。
実技研修
基本的に競技志向のクラブではないので実技研修には重点を置いてないが、ボランティア活動をする指導者のために
ニュースポーツの研修を随時行っている。
クラブとして本格的実技研修は一度も行っていない。
市スポーツ推進協議会主催のストレッチ研修会(中塚邦子講師)
日本バウンドテニス協会認定講習会(天城小学校体育館・プレイルーム)
平成6年(講師=関・佐々木講師)・平成11年(和田・佐々木講師)
クラブが行う事業・行事の看板類はクラブ員の鳥山和子さんにお願いしている。
長袖のユニホーム(佐々木盛綱渡海の図)も富田和子さんが書いたものです。
全国的規模の研修会
生涯スポーツコンベンション・全国体育指導委員研究大会などはそれぞれの立場で参加しており、クラブとしての対応は無いが
クラブ員の資質の向上に大いに役立っている。
みんなのスポーツ全国研究会には葭野が個人として加入しており、適宜臨時会員として参加している。
クラブネッツはクラブとして加盟しており、情報源として有用である。
SSFはクラブとして加入している。(当初は民間活動を支援してくれる団体であると期待していたが、視点は協会・自治体等に
向いてきており、地域のスポーツ活動の応援団ではなくなってきた。
* 大会内容をよく吟味しながら、無理の無い程度に参加したい
(内容に応じてクラブより些少を助成)
尾道ではダーツのデモがあり3投75点で1位(葭野)となり協会の西崎会長より1セット贈呈
松山大会は水不足年に愛媛大学で―――天城のユニホームを全国の参加者にアピール
新城では翌年開催地倉敷をアピール(倉敷よりの参加は天城の4名のみ)
北見ではパークゴルフを初体験―――懇親会はムードある会場で北海道の味を満喫
コンベンションは01年の横浜は大雪で新幹線がストップ=西日本勢は大半が遅刻(翌年は雪の青森で)
全国体指研は岡山大会を控え高知・静岡・埼玉に参加
総合型地域スポーツクラブマネジャー養成講習会=自費参加者はほとんど皆無=岡山県より3名(清音村ー室山、奈義町ー国富)
2005年以降は活動記録に掲載
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